愛される事をあきらめた時にすでに愛を手に入れていたことに気づく

前回の記事では

親に不満や怒りの感情をずっと持ち続けてしまうのは

ある意味、親に変わってほしいとか、親を変えたいという思いがあり

そこには親は全く変わらないという前提があるのですよね。

ただ親も歳を取るし、自分も親に対抗するだけの力がついてくるので

現実には全く変わらないという事はありえないのですが、

それでも親は全く変わらないという認識をし続けているのはなぜかを解き明かすためには

その人自身がどんな基準を持っているのかを調べる必要があるのです。


でもってそれを調べていくと普通の人には不可能な、完璧な(理想の)親を求めていたりするのですよ。

その基準から見ているから親は全く変わらないという認識になっている可能性があると。

それによってずっととらわれてしまっていたり、苦しんでいるのだけど

それぐらい親のことを助けたいとか、何とかしたいと強く思っていて

その根底にあるのは親への愛なんですよという話でした。


でも、本当に伝えたいのはここから先で

自分の親は完璧な(理想の)親にはなれないという現実を受け入れるとどうなるか?

メチャメチャ抵抗してくれます。Σ( ̄。 ̄ノ)ノ受け入れたら負けってやつですね。

そこを掘り下げていってわかったのは

親に不満や怒りを持ち続けるということは

親が自分の求めている完璧な(理想の)親になったら

親を受け入れられるという図式になっているのですよ。

じゃあ、自分の親は自分の求めている完璧な(理想の)親になれないという現実を受け入れるとどうなるか?

それは言い方を変えると、ありのままの親を受け入れることなのですが、

その人たちの中では

ありのままの親を受け入れる

=自分の親はダメだというのが確定する

=あきらめる

=親を見捨てる

=関係が終わる

ということになっているのです。

だから、ずっと不満や怒りを感じているのは、本当は親を助けたい、あきらめたくないと頑張っているのですよね。

ですから根底は親への愛なのですよと前回書いたのです。


ちなみにそのありのままの親を受け入れられた人はどうなったか?

けっこう、ポロポロと泣き始める人がいます。

なぜって?

ある人は言っていました。

親を自分の望んでいる完璧な親に変えようとするのをあきらめた時

親を変えられなかった悔しさや悲しさでいっぱいになると思っていたら

なぜか親なりに自分のことを思っていてくれたり、

自分のためにしてくれていた事に初めて気づけたって。

ずっと親に愛されていないと思っていたけど

自分はずっと愛されていたことに気づいていなかっただけだったって。

そして、ずっと色々な人達にも助けられてきたこともわかったって。


だから本当は、親に対して不満や怒りを持ち続けたり、親を完璧な親に変えようとしていたのは表面的なことで

本当は愛されたいと叫んでいたのですよね。


でも悲しいことに愛されたいと思えば思うほど、今の自分は愛されていないという前提を作り出し

愛されていることを見えなくしてしまうのですよ。

だから、本当のことを言うと

親を変えることをあきらめてしまうと、自分は愛されない存在だと確定してしまう事を恐れていたのです。

でも、実際は親は親なりにずっと愛してくれていたのです。

あなたの恐れに勇気を持って向き合うと、(あなたの)現実が変わるのです。

親に対する怒りや恨みの根底にあるもの

子供の頃に親から理不尽なことをされたり、必要な事をしてもらえなかった人たちの中には、

大人になってもずっと親に対する不満や怒り、または恨みの感情に囚われ続けてしまっている人たちがいます。

今は大人になり独立して親から離れて暮らしていたり、

努力して色々なことに対処できるようになっているにもかかわらず、

今の自分が出来るようになった事を評価できずあきらめてしまっていたり、

過去は置いておいて、今の幸せを受け取れないのです。

今回はそういう人たちから話を聞いていて、気がついたことを書いていこうと思います。

もちろんこれは絶対的なものではなくて、私が個人的に感じたことなので

すべての人にあてはまるということではないのであしからず。


さて、親への不満や怒りにずっと囚われてしまっている人の話を聴いていくと

その内容の多くは

1,親から酷い(理不尽な)ことをされた。

2,親が守ってくれなかった、助けてくれなかった。

3,何をやっても親は全く変わらない。あきらめている。

という話なのですが、

もし本当に親は全く変わらないという現実を受け入れているのであれば

全く変わらない親にいくら怒ったって、変わりませんし

自分の方を変えていこうとするですよね。


でも、親に対してずっと不満や怒り、恨みを持ち続けるということは

それだけ親が変わることを求めている
=親を変えたいと思っている

のですよね。

ただ、現実的には

自分も大人になっていけば子供の頃よりも

体力的にも能力的にも色々なことが出来るようになりますし

親も自分と同じだけ歳を取って衰えていくので

全く変わらないということはないのですよね。

そこでそういう親の変化に気づいているかを確認すると

ちゃんとわかっているのですが、それでも親は変わらないというのです。


という事は、変化しているのに変化していないというのは

親がどうなったら変わったと認識するのか?
=親にどう変わることを求めているのか?

というその人の基準の問題になるので

それを具体的に聴いていくと

(これは本人はあまり自覚していない事が多いのですが、)

いつでも、何をしてもニコニコしているとか

自分の気持ちをすべてわかってくれるとか、

何でも言うことを聞いてくれるとか

絶対に怒らない、などなど


それらを並べていくと見えてくるのは

どこの神様の話ですか?みたいな

だだのおっちゃん、おばちゃんには無理でしょう!という

完璧な理想の親になることを求めてしまっているようなのです。

その基準からみているから親は全く変わらないになっちゃうのですよね。

そんな親にはほとんどの人がなれない(というよりもそんな親どこにもいません)ので

(極端に言うと親に神様になれ!そうすれば許すと言っているようなものですから)

永遠に親に不満や怒りを抱え続けることになるのですよね。

でも裏を返せば、(かなり歪んでいますが)

それだけ親に変わってほしい
=本当は親と仲良くしたいってことだし

いつか変わってくれると信じていたり

ダメな親だと見捨てたくないってことなのですよね。

だから、親に文句ばかり言っている人って

ダメだダメだといいながら、結局、面倒を見てあげていたりするのですよ。


たとえどんな親だったとしても子どもは親を助けたいのですよね。

そしてその根底にあるのは愛なのですよね。

プロフィール

若林宏行

Author:若林宏行
日々、様々な悩みや問題を抱えている大人の人たちや子供たちと関わる中で、気づかせていただいたことや私自身が感じた「忘れてしまっている大切なこと」をつづっていくブログです。

主に子育てや家族の問題、人間関係や仕事の問題、引きこもりや発達障害、心の問題などを中心に載せていきます。

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※「21世紀共育ラボ」サイトへ移動します。

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